2012年

11月

27日

宮崎市に行ってきました。

 日本東洋医学会九州支部会総会という大変な名前の学会に出席する為に、飛行機に乗って(30分で着くんだからやっぱり速いねえ)宮崎市に行ってきました。小雨がちらつく天気でしたが福岡より少し暖かでした。会場はバブルまっただ中に建てられたに違いない豪壮なコンベンションセンターで、空調費だけで馬鹿にならんな、と余計なお世話なことを考えてしまうのは極小ながら施設の経営者だからでしょう。学会はこの忙しいのに出席せにゃならん、ナンノ因果かなどとぶつぶつつぶやきながらも、やはり来てみれば勉強になるんだな、これが。一人でいくらコツコツやったって、それほど勤勉でもない素性のものが身に付くことなんてたかが知れてますから、「学会」っちゅうやつに来て、自分よりよくわかっている人たちの言ってることをつらつら聴くだけでも大変なもんです。「うーん、やっぱりがんばらんといかんな。」と刺激を受ける訳だ。で、夜は宮崎の夜で、昼間すばらしい話をされるそのご仁が、「浪速恋時雨」や「嘘」をCDでも出したら、というレベルで歌われる訳で、いやいや、学会は行くもんです。

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2012年

11月

20日

盛岡に行ってきました。

 漢方の講演で盛岡に行ってきました。実は盛岡はなじみが深い。小学4年の時に道で出くわして以来という友人が岩手大学で教えているのです。この男は小学校の時は優秀だったね。中学で一緒になったが、まだ優秀だった。高校も一緒に入ったが、だんだん怪しくなった。お互い浪人を重ねてそれぞれの道に入ったが、ずうっと付き合いが途絶えない。僕は彼より国語ができたと思っているが、彼は僕より理数系ができた。彼は今、漢文の教授だ。わからんもんです。彼のつてで、岩手大学の教授連の幾人かと顔見知りになった。まったく専門が違う彼らと話しているとめちゃめちゃ楽しいね。音楽が専門のKさんとはもう古い友人のようです。今回は僕は少々疲れていて、あんまり飲めませんでしたが、来年1月にまた北上します。楽しみです。それにしても、盛りは過ぎたとはいえ、樹々の紅葉の美しかったこと。深さが違いますねえ。その辺の街路樹からして、きれいなんだ。

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2012年

11月

20日

アイフォーンを触っていると・・・3

 締め切りをとおに過ぎている原稿とか,他にもいろいろ,せにゃならんのに,アイフォーンの窓から目が離せない。ナニヲしているかって?「脳年齢計算」という奴です。物忘れがひどい。患者さんが「最近物忘れがひどくて困るんです。」とよく言われますが,それはこっちのセリフです,と言いたいくらいだ。人の名前なんか,激しく忘れる。手帳にメモした内容を読んでもピンとこない。何かの略号で書こうもんなら,もうほとんど内容を解凍できない。少し病的な域ではないかと,うすら寒くなるくらいです。で,この「脳年齢計算」にはまったわけです。いろいろテストが用意されていますね。ひたすら暗算させるのとか,あみだくじの行方を素早く当てさせるのとか,様々,ウムム,カンタンジャネエナ,コリャアと思わせる内容です。で,僕が懸命になっているのは,「瞬間記憶」というヤツ。3個から6個の数字がパッと出てきて,あっという間に裏返って消える。それを小さな順に指で触って当てていくという,ごく単純明快な作業です。楽勝と思いきや,これが出来ない。3個,簡単。4個,まだいける.しかし,5個,6個となると,半分正解できればいいほうかな.それを20題繰り返して,さあ,あなたの「脳年齢は・・」と表示されるわけです。僕の脳年齢は最初のテストでなんと,107歳と出た。これにはショックでした.それから,暇さえあれば,画面をピコピコ突っついては,オオッ,今日は53歳だ。若返ったなあ。なんて,ヨロコンデいるのです。50歳とか出た日にゃ,これがまたウレシイ。ナアルホド,こんなものを子供に与えちゃいけませんわ。僕なんか,没頭しようにも目が疲れて続かなくなるからいいけれど,若い連中は疲れ知らずにピコピコ続けるわな。年齢はいつまでも若くてスッカラカンの脳ができあがるでしょうね。

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2012年

11月

20日

アイフォーンを触っていると・・・2

 アイフォーンで小説を読んでやろうと思って,青空文庫というところで物色していたら,夏目漱石の「三四郎」があった。なんだか懐かしい気がして,ちっちゃな窓に「三四郎」を映して,ちょびちょび読んだ。いいねえ。評価はいろいろあるでしょうが,僕はこの小説が好きだね。漱石は「三四郎」を連載するにあたって,明治という時代の東京という町に若い登場人物たちを放り込んでやれば,勝手に生き生きと動き出すだろう,と言ったというけれど,本当にその通りに三四郎も美禰子も,与次郎も野々宮さんも漱石の思惑とは無関係に活動して,漱石はそれをただ懸命に写し取っているような感じだ。明治という時代のガヤガヤとした喧騒とまだ汚れていない東京の澄んだ青空や空気が肌に触れてくるようだ。小さな画面で,時には12分という時間で読んだ。一月ぐらいかかったけれど,いつもあの時代の東京を小脇に抱えているような,ひそかに嬉しい気分でしたね。文庫をポケットに入れているのとはちょっと違う感覚だな。こんなことは一昔前にはありえなかったわけで,進歩ですねえ。本読みの風景が変わったね。

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2012年

11月

20日

アイフォーンを触っていると・・・

 アイフォーンのユーザーになって,小さな画面を見つめている時間が長くなった。小さな画面は一つの窓で,窓の向こうは無限に近い電脳の世界だ。医者になった頃,手術室からの呼び出しはポケットベルというものだった。ピーピーピーと鳴り出すと,慌てて公衆電話を探したもんです。いつだったか某看護師さんを山奥の湖に連れ出して,ボートに乗ろうとしたまさにその時,ピーピーピーと鳴り出して,我が耳を疑ったことがある。無視しようとも思ったが,彼女のほうが大人で,「行かんとイカン。」と諭してくれた。研修医時代を思い出すと必ず出てくるから,よほど悔しかったんだろう。Yさんはどうしているやら。あの病院の看護部長ぐらいになったかな。あの時ポケットベルが鳴らなかったら・・・,イヤイヤ,歴史にモシモ,はありません。

 

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2012年

11月

09日

コスモスが咲いて、、、

クリニックから都市高速に向かう道の脇に今年もコスモス園が花盛りになった。と思っていたら、少しずつコスモスも元気がなくなっていきますね。元気な盛りには朝日に映えて、周りの空気まで華やかに染まるようですが、このごろは少し褪せてきたのがわかります。しかし、まだまだ通る人たちの目を楽しませています。バス停に待っている通勤の群れもコスモスの満開をバックに立っているわけで、いい感じのショットになっています。畑の脇で写真を撮っていると、自転車で通りがかった女性が携帯を構えて写真を撮りだしました。雰囲気のある美人で、僕はコスモスを見る振りをしてチラチラ見ていました。秋の風だ。

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2012年

11月

06日

コーヒーのこと

コーヒーは身体にいいのか悪いのか、僕はよく知りません。もし、少々悪かろうと、今は珈琲じゃなくちゃ、という時があります。たとえば今、まさに外来が始まろうとしているわずかの間の静かなクリニックで飲んでいるキリマンジャロの美味しいこと。「美味しくなかったら代金は要りません。」という看板を出している六本松の珈琲館で挽いてもらった豆を「仙鶴水」という濾過水で淹れています。ペーパーフィルターで適当に淹れていますが、旨いなあ。「仙鶴水」を開発して紹介してくださった老大人は先頃亡くなられた。子供たちの絵を通して中国との交流に尽力されたというくらいしか存じ上げなかったですが、一二度、お会いして小さな身体の内奥に深い広々とした人間の世界が窺えるような方だった。もう少しいろいろお話を伺いたかったことです。大昔、作家の檀一雄さんが九州大学病院に入院されている時、中学生だった僕に国語の先生が「会いに行ってこい。」と言いました。檀一雄が誰かも知らない少年が行けるはずもなかったわけですが、そうしたら、ほどなく檀一雄は亡くなってしまった。後年「火宅の人」なんかを読みふけるようになって、「ああ、会いに行っとけばよかった。」としきりに思ったもんです。チャンスの後ろ頭ははげ頭、と教えてくれた女性はどうしているかしらん。チャンスはこちらに向かってくる時に捕まえないと、過ぎ去って行く時には捕まえようたって毛がないから捕まらないんだ、と彼女は言って笑ってたな。ああ、もうこんな時間だ。外来の始まり始まり。

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