2013年

4月

29日

街の書たち5

平田ペインクリニック

 この線香のお店の屋号を、ボクは寡聞にして知らない。神戸では有名な屋号だろう。だって、この字を観てご覧なさい。この書はいずれ名のある書家の手になるに違いない。こういうものを見せられると、みんなの眼に触れる「字」というものはいい加減ではイカンナア、とつくづくと思いますね。別に目立てばいいというわけでもあるまいに、やたらと妙ちくりんな筆癖のある字を、「書家」と称して書いている御仁がおられるけれども、この「薫寿堂」の字の奥ゆかしさ、隙の無さ、を観るべきですね。こういった字をあっさり屋号に使うような文化があるんだ。もうなんだか、参ってしまうね、アタシャ。

 おそらく、これはボクの勝手な極めて勝手な想像ですがね、この書の書き主は関西書壇のかなり上の方の方だと思うね。篆隷を能くした男性書家ではないか。長峰の筆を自在に操って、気品良く、典雅にまとめて、商業文字としての「読める」という必須の条件を満たしている。「堂」の最後の横画なんか、ちょっとプロでもなかなか引けないですよ。ほんとにこれは誰の手なんだろう。近年亡くなったあの方かな?なんて、妄想も楽しい「薫寿堂」です。

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2013年

4月

28日

「おとこの秘図」を読んだ。

 葉室麟作「花や散るらん」をほとんど同時に読み始めた。「花や・・」を読み始めて、数日して講演に出かけて、「花や・・」を出張鞄に入れ忘れて、空港で題名に惹かれて買って読み始めた。偶然に同じ時代の物語。時は元禄、徳川の世は安泰、文化爛熟の江戸、忠臣蔵の騒動が起こったころの話である。もっとも、「おとこの・・」方は綱吉から八代将軍の吉宗が死んだ後まで続く大河小説だけれども。

 池波正太郎の本ははじめて読んだが、面白いね。語りが独特で「みなさん、ご存じかね?その頃はこんな風だったんですぞ。」と言った弁士のような雰囲気がある。もっとも、この本だけかも知れないけれど。文庫3巻の大作を一気に読んじゃった。

平田ペインクリニック

 この物語の特徴なのか、池波正太郎の特徴なのか、知らないけれど、人が死ぬ場面、臨終の場面の描写が表現はなんですが、「活き活き」としている。死に逝く人、それを看取る人、取り巻く人たちの息づかいや取り乱しや神妙な鎮まりや、そこに過去の物語が凝縮していく有様が、読み手にぐっと迫ってくる。こういう語りには初めて出会いました。「おとこの秘図」はひとりの旗本の一生を軸に、個人と社会と歴史の織りなす絵巻を綴った話。最後に池大雅が登場するとは、思いもしませんで、主人公と一緒に「驚愕」しつつ読了しました。


 

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2013年

4月

21日

また、盛岡に行った。

 また、盛岡に行った。前回は冬まっただ中で、夜道で凍り付いた。今回はもう福岡は桜は完全に終わっていて、沖縄は4分の1ぐらい夏だったから、盛岡といえども、春の兆しがあるべ、と思って春の格好で颯爽と行ったら、まだ春が浅ーいんだ。桜なんてまだまだ。とんでもねえ。

 で、今回も着ている服が春的だったもんで、体感寒さは以前の如しで「早くどこか店に入ろう。」的な夜の盛岡でした。またぞろ、ボーインボーショクした。二軒目に行った木樵というお店で出されたフキノトウを味噌で和えたような食べ物がやたらにお酒にあうんだ、これが。名前はバから始まるんだが、今出てこない。その時、忘れるだろうなと思いつつ聞いてやっぱり忘れた。また、五月に行くベ。

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2013年

4月

14日

大分市のBAR CASKに行きました。

 昔の、と言ったって10年前になるだけだが、医学部卒業したてのまだ何にも知らない女の子を一から教えたことがあります。別に麻酔科になろうっていう訳ではなかったんだが、手っ取り早くなんか役に立つようにしようとうわけで、麻酔科の研修をみっちり受けてもらった。(その頃僕はある病院の麻酔科部長だったのだよ。)今の麻酔科の現役諸君が後輩達をどんな風に教えているか知らないけれど、僕の頃の研修というのは、研修と言うより稽古の様な風だったな。理屈より、身体が動くように鍛えるやり方だった。手取り足取りなんてことは全くなかったね。技術を持っている先生のやり方を見て、覚えるしかなかったわけです。だから、僕も後輩達を教えるときは、「鍛える」ように教えたね。その女の子は、ゼッタイ手取り足取りしない僕のやり方によく付いてきて、半年も経つ内になんだか仕事ができるようになった。砂漠に水をまくように何でも吸収したんだろうね。

 その女医さんと(今や立派な脳外科の専門医なんだからたいしたもんです)10年ぶりに会って、カスクで乾杯したわけです。10年の年月がそれぞれにあって、それぞれに「橋の下を水が流れた」わけだが、一瞬にして彼女は研修医の彼女になったもんです。10年を飛び越えて、10年を眺めやるには名店BAR・CASKはふさわしい場所でした。「ワタシの医者としての原点は済生会日田病院での研修です。」と言われた時にゃ、かって麻酔科医師だったおじさんはトテモウレシカッタね。ハハハ。店主の佐藤さんが出してくれた銘酒ポート・エレン27年が喉に沁みました。

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2013年

4月

04日

街の書たち・その4

 いつだったかバレンタインのチョコレートをいただいて、その箱書きというか、表題(チョコの表題てのも変だ)というか、とにかくこの横文字達を見ておくんなせえまし。

 リボンで隠れているけれど、世に可愛らしい字っちゅうもんがあるなら、こういう字ではないかいな。で、リボンを取ったら、これですよお。コレ。カワイイデショウ。 

「線には情けがある。」とは僕の書道のお師匠さんのお言葉ですが、この横文字をつづる線のおいしそうというか、カワユラシイというか、もう中身のチョコよりこの字達を見ている方が唾が湧きそうです。

 上手いねえ。書道は決して漢字・仮名ばかりが題材ではないのですな。漢字や仮名で、この字達以上にチョコレートを「美味く」表現できるなら書いてみろ、という感じです。

 

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2013年

4月

02日

「いのちなりけり」を読んだ。

平田ペインクリニック 桜

 近くに借りている駐車場の脇の家の庭にみごとな桜の木があって、3月いっぱい美しく街の一画を飾っていた。毎朝、車に乗る前のほんの数秒、眺めては心が澄むような、ちょっぴり悲しいような気分になっていた。4月に入って、葉桜の様相が急に強くなっている。もう数日で、たぶん今日の雨で、この桜の今年は終わりだろう。

 毎年、気になる桜並木がある。大分県の日田市に向かう途中にある小さな神社の桜並木だ。小山の上にある神社に向かう参道は季節になると桜のトンネルとなる。参道の入り口にある桜の古木は威風堂々、山肌を渡る風に枝が揺れて、満開の桜の花がさわさわとなる姿などを見ていると、どこか違う世界に立っているような気さえする。その桜、桜並木を今年は逃してしまった。気になって、気になって、明日は朝駆けで観に行こうと念じながら、朝の怠惰に負け続けてとうとう四月の声だ。

 

  春ごとに花の盛りはありめれどあひ見むことはいのちなりけり

 

  詠み人しらずのこの歌を探し求めて、恋するひとに伝えるために生き抜いた男の半生。満開の桜のさざめきのように、この歌の調べが全編を貫く秀作。いい話です。最終項の「葉隠れ」の引用が雅印のように光って忘れ難い。葉室麟作。

 

 

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